歯が欠けた

土曜日の夕方、今からでも診てくれる歯医者を探していた。

せんべいを食べたら、歯が欠けた。

たくさんスタッフのいる大きな医院が診てくれることがわかり、行ってみた。名前を呼ばれて診察室に入る。ずらりと並んだ治療椅子、忙しそうな医師たち。奥の席に案内される途中、白髪でふくよかな五十代半ばくらいの医師が、腰ほどの高さの棚にもたれかかったまま、にこやかに会釈していた。

こちらも挨拶して通り過ぎる。

ゆるい雰囲気のお医者さんだった。
あのゆるさ……きっと意識高くない系……
きっと、窓際医師……
そんなの、医師の世界にあるのか知らないけど……勝手なレッテルを貼りつつ、奥へ進む。

案内されて、うがいをして、医師を待つ。

医師が来た。

「はーい、こんばんはー」

あのニコやか先生だった。

ニコニコしている。けれど、笑っていない気もする。
笑ってる?笑ってない?笑ってる?
そう考え始めると、どんどんこの笑顔が不気味に思えてくる。

ずっと笑顔の鬼軍曹キャラっているじゃない?あの類の笑顔に見えてくる。

「はーい。じゃあ、虫歯、結構大きいので削りますねー。詰め物も強度的に銀歯にしないと駄目かもでーす。」

「はい」

治療が始まる。

「はーい。麻酔しまーす。チクッとしまーす」

……チクッともしない。

ウィンウィンウィンウィンと麻酔が注入される。

「はーい。もう一回チクリとしまーす」

ウィンウィンウィン。

「はーい。じゃあ削りまーす」

え? もう?まだ心の準備が……とか思ってる暇もなく、

ウィーーーーーーーン。ガリガリガリガリ。

痛くない!全然痛くない!

痛そうな予感すらしない!

やるじゃないか、窓際っ!と思っている間に。

「はい、終了しました。麻酔が切れたら痛み出るかもしれないので気を付けてくださーい。痛んだら抜かないといけないかもでーす。はーい。あとは型取りして、仮フタしてもらってくださいね。」

華麗だった。
治療中は顔が見えなかったけど、歯科助手に指示する声は全然笑っていなかった。やっぱり、実は怖いキャラなのかもしれない。でも、めちゃめちゃスムーズで無駄のない治療だった。窓際なんかじゃない。すごい技術の持ち主だった。

きっと、管理は苦手だけど、職人肌で技術に全振りした歯医者なんだ!……知らんけど。

すべての処置が終わり、受付室に戻る途中。あの職人はまた棚にもたれながら、スタッフと談笑していた。
こちらに気付き、片手を上げて。

「お大事にねー」

と、ニコニコスマイルを送ってくれた。なんか、かっこいい。心の中で思いっきりハイタッチして、病院をあとにした。

グッバイ、スマイル軍曹!

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